ベトナム兵士のヘロイン中毒を1人の医師が救う

医師である、Brian S. Josephさんは、幼少期から、人々を助けたいという気持ちを持っていました。人生において、他者の生活に何か肯定的な影響を与えたいと考えていたからです。

ある時、「会話」というコミュニケーションツールが持つ影響力を知って、Brianさんは、精神医学を学ぶ道を選びました。医学部に進み、E.J. メイヤー記念病院で働き始めました。その後、結婚し、一児の父となったBrianさんは、自分の研究分野が、いずれ「戦場」と結び付くことになるだろうということは、想像もしていませんでした。

当時、ベトナム戦争で多くの兵士たちが、ヘロイン中毒に陥っていました。この事態を、軍は重く受け止め、ヘロイン中毒の兵士が、自分だけではなく、いずれ仲間を危険に晒す可能性を持つだろうという危惧を感じていました。

Brianさんは、このように話します。
「ヘロイン中毒の兵士たちに対する懸念は高まるばかりでした。協力してくれる人がいるなら、彼らに対して、ヘロインの治療プログラムを開発しようと考えました。兵士自身が、前進したいという気持ちがあるなら、その背中を押すべきだと感じたからです」

名前: Dr. Brian S. Joseph
年齢: 75歳

出身: バッファロー
居住地:ウィリアムズビル

所属:陸軍
ランク:メジャー
戦争エリア:ベトナム

勤続年数:1970年10月〜1972年10月

功績:Bronze Star, meritorious service; Army Air Medal; Good Conduct Medal; and Vietnamese Government Civil Action Medal 1st Class

肩書き:航空医療士

Brianさんは、技術スタッフから乗務員のメンバーまで、様々な職種の兵士とともに働きました。どんな兵士であっても「ヘロインでハイになった状態では、任務を遂行するべきではない」という考えを持っていたとBrianさんは語ります。ヘロイン中毒の兵士に対するプログラムは、グループ療法で実施されました。Brainさん自身、そのプログラムが兵士たちに対して、どれだけの効果を持つのか、当時、把握できていませんでした。その後、Brianさんは、ベトナムでヘロイン中毒になった兵士の多くが、アメリカに帰国できていない事実を知りました。

Brianさんは、「なぜ、ヘロインを使うのか」と兵士に聞いたことがあります。その質問に、兵士の多くが「1年だけ空を飛べるような気がするから」と答えました。

多くの兵士が、ベトナムでの任務に、精神的に耐えられない状態が続いていました。その1年の任務の間、孤独感と苦しみに耐えようとして、ヘロインに手を出してしまう兵士が大半でした。Brianさんは、この苦しみに耐える代替方法を、彼らに何とか提供したいと考えていました。

Brianさんは、兵士たちに対して、仲間の兵士に「恐怖」などのネガティブな感情を隠さずに表現して、自分ができない部分を信頼して託すように促しました。そして、できる限り、母国の家族や恋人との繋がりを持つように、頻繁に手紙を書かせました。

Brianさんの開発したプログラムには、約200名の兵士が登録されていました。このプログラムには、軍の再建がかかっていたともいえます。直接的に感謝を伝えられたこともないものの、Brianさん自身は、そのプログラムに対する、兵士たちの何かしら感謝の気持ちを常に感じていたと話します。プログラム中であっても、メンバーの誰かが死亡した知らせを聞くことが、1番辛かったとBrianさんは話します。

「兵士である彼らの死は残酷です。地上で誰かに銃で射殺されて亡くなることもある。その場合、家族に死亡したと伝えるためには、何とか遺体や、その証拠になるものを探さなければならない。このような死と隣り合わせの環境は、とても辛いものでした。その間、幸せを感じれる瞬間もありました。私の妻から電話で、2番目の娘を妊娠したと聞いた時でした。とても嬉しかったし、同時にすぐ家に帰ることができないと気づきました。それでも早く帰って、娘の顔を見たいと思いました」

Brianさんは、軍に所属する医師として、多くの栄誉を授かりました。まるで映画のような風景に、Brianさん自身、とても感慨深いものがあったと話します。Brianさんは、ベトナムの任務を終えて、母国アメリカに戻り、ジョンズ・ホプキンス医科大学の精神科に勤め、その後、ハーバード大学医学部の教授を務めました。現在は、故郷であるバッファロー地区に戻っています。

Brianさんは、アマースト地区で、一般精神医学と司法精神医学に特化したクリニックを
37年間経営しています。

Brianさんが取り組む、兵士に対する治療は、トラウマによるストレスに光を当て、そして、軍に所属している意識をポジティブに変化させるものでした。

Brianさんは、最後にこのように話します。
「私の治療対象には、自分も含まれていると感じています。戦争の記憶は、それほどに凄まじいものです。いまだに、ベトナム戦争を題材にした映画を見ると、涙が止まらなくなります」

若手の理学療法士がベトナム訪問で得たもの2

参加したSarah Bradyさんは、特に記憶に残った患者について、このように話します。
「ある患者の膝の中に、手榴弾の破片がありました。これはどうしたのかと聞くと、アメリカ軍によるものだと答えました。それ以来、ずっとこの怪我を負っていると話しました。私は、治療を行なっていた手を、つい止めてしまいました。当初、彼女は、アメリカ人である私を信頼していませんでした。長い間向き合うことで、彼女は、私たちの手によって、その破片が取り出されることに対して、ポジティブな感情を持ってくれるようになりました」

教授と生徒たちは、期間中、地雷による長期的な怪我を負っている患者の多くに出会いました。
参加した学生の1人であるKeren Pintoさんは、特に難しかった症例をこう話します。
「最初の患者は、9階から転落した男性でした。彼は、外傷性脳損傷を受けていて、 私が見た中で、最も難しい症例でした。現地のスタッフと学生たちに、 脳卒中、外傷性脳損傷、および筋骨格損傷のリハビリを教えました。現地のスタッフたちは、患者を評価することをしていませんでした。私たちアメリカでは、リハビリの成果や結果で、患者に評価を行うようにしています。こうした違いも、彼らの学びになったのではと感じています」

リハビリトレーニングは、反復的に患者が行えるように、通常の生活に戻れるように、メニューが設定されます。患者は、朝8時から夕方4時まで、休憩を取りながら、リハビリに取り組みます。運動マシンを利用したり、障害物のある道を歩いたり、体の耐久性を強化するトレーニングをしたり、個人に合ったメニューが組まれます。

参加した生徒のSarah Bradyさんは、現地のリハビリに関して、このように説明します。
「患者の回復は、とても遅い場合があります。それでも、ルーティーンのように、反復的に毎日行うことが大切です。患者は病院に住んでいるので、新しい方法で治療することにハードルを感じやすい点があります。 言語の壁も、時には障害になりました。その中で、私たちは諦めずに、日々患者と向き合いました。私自身も、患者さんや現地のスタッフから、多くを学びました」

生徒たちは、この旅行で、さらなる技術と新しい視点を得ています。 Sarah Bradyさんは、旅について、このように感想を述べています。

「ある女性が、私を訪ねてくれました。その時の会話は、彼女の夫が通訳してくれていました。彼女は、私に、本当に助けてくれてありがとうと伝えてくれました。他の人に、その治療法は役に立たないと言われながら、彼女は私を信じて、治療を続けてくれていました。もっと彼女を理解してあげたいとも感じたし、こんな風に誰かの助けになれたことを、とても嬉しく思いました」

Beling教授は、Sarahさんが行った治療をこのように説明します。
「Sarahは、彼女にカッピングを勧めていました。私たちだけが治療をするのではなく、患者自身がどのようにセルフケアできるのかを踏まえて、常に治療を考えています。カッピングは、私たち西洋の治療方法ではありませんが、その方法が患者を助け、そして副作用を生まない安全な方法だと感じ、Sarahは治療に組み入れました。この行動自体が、Sarah自身、挑戦だったかもしれないし、それでも、結果的に、患者にとって良い治療こそが、私たちの考える理想の治療だと思っています」

Sarahには夢があります。将来、アスリートを支えるような理学療法士になることです。そして、Kerenにも夢があります。外来整形外科で働き、老化に関係する医学について、研究したいと考えています。

帰国したKerenは、学生仲間とともに、ラスベガスで開催された、全国理学療法学会で、自身の体験を発表しました。 Sarahは、American Physical Therapy Association(APTA)の出版物であるPulseの4月号にインタビューを受けています。

次の旅に参加する学生グループは、第1回博士課程の学生で、UCアーバインのバイオメディカルエンジニアである、David Reinkensmeyer博士と協力して、博士研究を行い、 慢性脳卒中を有する途上国の人々のための、共振アームデバイスを開発しています。

若手の理学療法士がベトナム訪問で得たもの

CSUN理学療法学科のJanna Beling教授は、文化能力と理学療法士の関係性について、このように説明しています。
「言語、生活習慣、文化、健康の信念の違いは、個人の健康管理や、医療関係者の患者に対する治療の選択に影響を及ぼすでしょう。私たちCSUNを卒業した理学療法士の生徒が、様々な文化の違いに触れ、常に多くの選択肢を持つように心がけてほしいと思っています。そのために、多くの経験を生徒に課しています。最終的な目標として、患者の治療に当たって、理学療法士として、しっかりと文化能力を持ち、最高のケアをしてほしいと考えています」

CSUNの生徒の視野を広げる一環として、教授と8人の大学院生が、カンボジアのシェムリアップとベトナムのダナンを訪れ、地元の病院の診察に参加しました。この3週間の長旅は、様々な多文化体験で構成されたCSUNのコースである、インターナショナル・フィジカル・セラピー(International Physical Therapy)の最終イベントとして設定されています。

CSUNのBeling教授は、2000年代初頭、理学療法士、医師、看護師、歯科医などが参加するNPO、Health Volunteers Overseasとともに、海外でボランティア活動を行いました。HVO教育を通じて、世界の健康状況を改善する目的で設立されたNPOです。

Beling教授は、HVOのベトナムの理学療法士プログラムのディレクターとなり、 2009年、CSUNの学生グループを、実践学習の機会として、ベトナムに連れて行きました。その旅行について、Beling教授はこう説明します。

「私たちが訪れた病院は、アメリカの状況とは異なるものでした。この環境が、学生たちのスキルを伸ばし、才能を発揮することができる学びの場になるだろうと考えています。生徒は、旅行期間中、教室でケーススタディを学んだり、ビデオを見たり、自分の背景や経験について、現地の市民と語り合うこともできます。理学療法士としての学びを超えて、異なる文化を体験します。これらの経験が、文化的能力を身に付ける1つの方法になるだろうと考えています」

Beling教授は、CSUNのキャンパスがある、ロサンゼルスに関して、こう話している。
「私たちは、ロサンゼルスという地域で学ぶことができて、とても幸運だと思っています。コリアンタウンの診療所でボランティア活動を行い、生徒たちは、自分とは異なる文化を持つ患者を診る機会に恵まれています」

Beling教授の活動は、医療従事者が、患者に対して、文化的に適切なケアを行うための積極的な議論を促進しています。 生徒たちは、通訳者とともに、治療の中で、患者に合わせた、効果的な方法を学びます。

Beling教授と学生たちは、アメリカのベトナムタウンでも活動を行なっています。教授は、生徒たが、民族的な要素で構成された、スーパーやレストランを訪れ、民族の多様性、食の嗜好、健康の信念、地域社会プログラムを実際に目で見ることが、重要だと考えています。

この旅に参加した、2人の学生、Keren Pintoさんと Sarah Bradyさんは、自身が経験したことについて、このように語っています。

「様々な治療方法に慣れている患者に出会い、自分自身もリラックスして、治療に専念することができました。患者1人1人が持つ異なる文化背景に触れながら、自分にとっても、彼らにとっても、お互いに新しい知識を得ることができました。彼らが健康にいいと感じることは、彼らにとって、実際に「健康」を生み出すものなのかもしれないし、それは自分にも言えるでしょう。相手のことを知らなければ、自分との違いに気づかず、治療を困難にする可能性があります。知ることができていれば、自分の知識を強化し、彼らとの食い違いを、事前に防ぐこともできます」

Beling教授は、この旅で、様々な国を訪れています。カンボジアでは、小児科の病院を訪れ、ベトナムでは、整形外科とリバビリテーション科を専門とする病院で、2週間のインターンシップを行いました。2009年以来、教授たちの活動の評判が広まり、訪問がテレビで放映されたことで、何百人もの患者たちが、教授と生徒たちの治療を受けたいと集まりました。この状況に、当時、教授たちも生徒たちも、とても驚きました。

教授と生徒たちは、現地の理学療法士や学生に対して、臨床指導を提供しながら、同時に、患者を支援することを、旅の使命として考えています。ある1日のスケジュールを例に挙げると、教授と生徒たちは、早朝、病院に到着し、現地のスタッフとの話し合いをして、その後、患者の治療を交代制で行います。「常にお互いが学べる瞬間を逃さないように、私たちは、よく観察することを心がけています」とBeling教授は語ります。

訪れた病院で、Beling教授と生徒たちは、患者のニーズを分類し、トリアージする作業に時間をかけていました。治療現場について、教授はこのように説明しています。

「本当に困難な状況が多い現場でした。学生たちは、その環境で治療を行うことで、神経学、整形外科、小児科、外来診療所、および補綴/整形外科の実践経験を十分に得ることができたと感じています。自宅でのケア、今まで見たことがない症例などに出会うことも、多くの知識になったと思っています。それらの経験を、各学生たちは日々ノートに書き留め、自分の経験と治療行為を客観的に理解し、反復的に治療と経験を積み上げて、自身のスキルや技術力の向上に役立てていました」

Beling教授と生徒たちが訪れた病院の多くの基準が、アメリカの基準とは、大きく異なっていました。看護師が薬を処方したり、家族が患者を世話したり(ベットシーツの取り換えや食事の世話など)、そんな環境に生徒たちは日々向き合いました。

高額な最先端機器は病院に必要なのだろうか?

病院は、高価な医療機器を購入するために、数千億を費やしてきました。しかし、一方で、その機器を扱える人的資源の投資が十分に為されていません。

様々な資金源にアクセスできるようになった現代の医療施設は、ロボット、磁気共鳴イメージング(MRI)、呼吸器などの、高度な技術と最新設備を備えています。

ビン・ダン病院は、2016年後半に、米国で行われた、ダヴィンチのロボット手術システムを、HCMC当局からの優遇借入金と合わせて、710億バーツで買収しました。チョーレイ病院も先月同じシステムを購入しています。

ビン・ダン病院よると、10月末までに、231件のロボット手術が実施されていると発表されています。そのロボットを使用できるようにするために、14の外科医チームが、海外研修コースに派遣され、国際基準を満たしていると認められています。

ロボットアームは、外科医が、困難な箇所に治療を行う時に、その位置を的確に把握する助けをします。多くの病院が、この手術用腹腔鏡手術システムを購入したいと考えています。しかし、医療機器は非常に高額で、ロボットの手術コストは、通常​​の手術よりも5〜10倍高くなる場合もあります。

HCMC医療機器協会のTruong Hung副議長は、こう話します。
「多くの病院が、医療機器に何十億も費やす必要性があると感じています。一方で、その最先端機器を十分に扱える資格のある医療従事者が少ないのも事実です。非常に高価な呼吸器や、多機能のモニタリング機器が使用されていても、医療従事者は、機能の使用法に関する訓練を受けていないため、一部の機能しか使えていない現状があります」

Exson Clinicのディレクターである Vo Xuan Sonさんは、このように話します。
「病院に、最先端の医療機器の導入は必要だと感じていますが、機器に対する、合理的な投資とは、その機器の機能を完全に利用して、効果を得ることであると考えています。そもそも、全ての病院に機器が必要なわけではありません。例えば、外科医は常にロボットを使用するわけではありません。特定のケースに限って、ロボットの助けを必要とします。では、そのロボットの助けが必要になるような、重大なケースを抱える患者数は何人いるのでしょうか?全体の割合で考えれば、それほど多くはありません。しかも、その高額な手術の費用を払える国民で絞ると、かなり少なくなります。それは先進国であっても同じです」

Vo Xuan Sonさんが話す内容と同じ意見を多くの専門家が述べています。その結果、病院の予算が限られている場合、高価な機器ではなく、それ以外のアイテムに資金を費やすべきだという意見が多く挙がっています。

機器の代わりに挙げられているのが、感染症に関する対策費用です。感染症管理に関する最近のワークショップで、保健省のHoang Van Thanhさんは、院内感染で、毎年多くの人々が亡くなっていると話しました。 ほとんどの病院で、感染制御システムが確立されていますが、適切に監視できていない現状があります。

ベトナムで英語教師の仕事を見つける方法

私の友人は、今年、イギリスを離れ、インドと東南アジアを旅行しました。その旅行の前に、すでに、ベトナムで英語の職を手にしていました。旅行の資金を稼ぎ、冒険をさらに楽しいものにしようと計画していました。英語を教えること自体、世界中どの国でも仕事にすることができます。専門的な知識や具体的な技術力も、あまり必要ありません。

〜彼女がベトナムを選んだ理由〜
多くの人が、数ヶ月〜数年の間、ベトナムで英語を教える仕事に取り組んでいます。
ベトナムでは、英語教師の出入りが激しいため、常に豊富な仕事があり、ネイティブの英語話者の需要も高まってきています。簡単な面接やデモレッスンで、仕事を得ることができます。給料も高く、生活にかかる費用もかなり抑えることができます。十分な時間を過ごし、十分に貯蓄をすることもできます。彼女は、時給23ドルで収入を得ていました。ホーチミン市(サイゴン)の広い共同住宅の家賃は、清掃費、水道費、インターネット費を含めて合計320ドルでした。スイミングプールやジムのような特典を備えた住宅もあります。

〜ベトナムで働くには、何が必要か〜
彼女は、ホーチミン市に住んでいて働いてもいました。他の地域でも、同じような条件下で働くことができると思います。
英語を教えたいという気持ちがあるなら、ベトナムで教職の仕事を手にすることができる機会があります。彼女のルームメイトの1人のチェコ人は、ホーチミン市の立派な英語学習センターで仕事をしています。TEFLの証明書を取得することで、より多くの選択肢を選べるようになりますが、言語センターでは必ずしも必要というわけではありません。彼女は、イギリスを離れる前に、TEFLの120時間のオンライン教室を受講していました。ほとんどの言語センターで、TEFLは必要ありません。選択肢を広げるために、学位とTEFLを取得することをお勧めします。

ベトナムに到着する前に就労ビザを準備する必要はありません。必要な場合は、学校側が準備してくれます。学校側は、とても手厚くサポートしてくれます。

〜仕事を手に入れるために〜
最初に、現地の学校と言語センターのリストをまとめてください。彼女は、到着して、すぐに自転車を購入しました。その自転車に乗って、リストの学校やセンターに履歴書を配りました。バイクタクシーを数時間借りて市内を回ることも可能です。

彼女は、自分が仕事を探していることを知らせるために、ブログサイトに登録しました。他にも、 クレイグリストを活用したり、フェイスブックグループに参加したり、様々な方法を利用しました。個人レッスンを行い、自分の名前を広めていく方法もあります。彼女は、最初は、言語センターの仕事を選びました。彼女の場合は、言語センターの仕事はうまくいきませんでした。生徒との関係や、給与、契約内容が合っていませんでした。個人差があるとは思いますが、事前によく契約書を確認することを忘れずに行なってください。特に長期間の契約は注意してください。
彼女は、ベトナムでの英語教師として生活をお勧めします。ホーチミン市は、都会なので、忙しく、生活に混乱することもあります。その為にも、万全の準備を行うことが大切です。ハノイとホーチミン市では、仕事を比較的簡単に見つけることができます。ダナン周辺にも仕事を探しに行ったことがあります。私は、都市部が苦手だったので、比較的、郊外の仕事を好んでいました。個人差があると思うので、自分に合った地域を探してみてください。

最初に選んだセンターでは、円滑に契約を結ぶことができませんでしたが、その後のセンターや学校では、とても楽しく過ごすことができました。ベトナムの子どもたちとは、有意義な時間を過ごすことができていました。

ベトナムの保険でカバーされない早期癌検査

早期癌検査に保険が適用されないため、ベトナムでは、癌による死亡率が高くなっていると専門家の中では言われています。先週末に開催された国際会議では、ベトナムの癌患者の70%が、末期の状態で癌細胞が発見され、高額な費用とともに、大規模な手術を必要として
いると発表されました。毎年12,6000以上の癌が発見され、94,000人が癌によって死亡しています。

ハノイの保健省とK病院が共同で開催した「癌対策:現状と解決策」には、国内外の医療専門家が多く集まりました。保健省のLe Quang Cuong教授は、世界中の国々、特に貧困国や低所得国や中所得国の発展途上国では、癌が重い負担になっていると説明しました。

ハノイのK病院のTran Van Thuan教授は、癌治療の専門性については、次のように述べています。「癌は、早ければ早いほど、治療が簡単になります。 後期〜末期の摘出は、長い治療期間を必要とするし、効果もあまり期待できません。ベトナムの癌治療率が先進国と比較して低い主な理由は、早期発見が出来ていないからだと考えています」

遅すぎた事例は、下記の証言の通り、ベトナム国内で多く発生している現状があります。

ハノイのプク・トゥー地区に暮らす、Nguyen Thi Dさん(50)は、こう話します。
「ある日、夫から右の助骨が痛むと聞いて、一緒に病院に行きました。その後、医師から、夫が、すでに末期の肝臓癌であると知らされました。懸命に治療を受けたものの、わずか6ヵ月後に亡くなってしまいました」

首都に住む、Phan Thi L (56歳)さんは、こう話します。
「止まらない咳を止めるために、夫は、抗生物質を長期間服用していました。ある日、ひどい胸痛を感じ、検査のために病院に行きました。医師から、彼が末期の肺がんであると伝えられました。 癌を摘出する手術をしましたが、その6ヵ月後に亡くなりました」

愛する人が、癌になったという知らせを聞けば、精神的ショックは計り知れないものになります。そして、どの治療法を選択しても、命を救えないかもしれないという事実は、さらに現実を厳しいものにします。

Nguyen Thi Dさんは、夫の死をこのように語ります。
「夫が長く生きられないことは、医師から告げられた時に理解していました。それでも、私は彼の治療を諦めることができませんでした。医療費は、とても高額で、家族みんなで支払いました。夫の最期は、とても苦しく、痛みの中で亡くなっていきました。この事実は、私にとっても、世界中の遺族にとっても、看病する人にとっても、悪夢なのです。癌には、当事者の痛みだけではなく、高額な治療とその治療が効果を発揮しない悲惨な現実があります」

Tran Van Thuan准教授は、ほとんどの癌は、早期発見されれば、完全に治癒する可能性があると指摘しています。例えば、乳がんが、早期の段階で検出された場合、成功率は95%、第2段階では、70〜75%、第3段階は、65%、第4段階では、わずか5%になります。

Tran Van Thuan准教授は、このように話します。
「最大の問題は、癌検診が早期発見に繋がるにも関わらず、医療保険の対象にならないということです。乳がん、子宮頸がん、肝がん、胃腸がんなどの癌検診に、保険が適用されることを期待しています。早期検診が全国的に実施されれば、早期発見率とがん治癒率を高めることができるはずです。10年間の国家戦略には、癌検診が保険適用範囲であるという記載がありません。この戦略では、2025年までに、地方と都市の政府機関が、抗癌プログラムを実施するために、国の資金を使用することが想定されています。検診は含まれていない状態ではありますが、一部に効果を発揮することは確かです。戦略が実施されることで、成人の70%が、癌という病気とその影響を理解することを助け、成人喫煙率も30%削減し、青少年の喫煙率も、3.6%に減らすことが掲げられています。 成人のアルコール消費量も、10%減少する目標が掲げられています。2025年までには、特定の癌の早期発見が、40%に上昇することも記載されているので、今後の国の政策に期待をするばかりです」

カントー(ベトナム)で活躍する日本の理学療法士

カントーに住む、Nguyễn Tuyết Hạnh さんは、日本人理学療法士の治療を受け、長い間苦しんでいた体の痛みから解放されました。この日本人理学療法士は、ボランティアで治療を行なっています。

巧みな優しい動きで、若宮あきこさん(漢字不明)(29)は、肩に傷を負った、61歳のHạnhさんの肩の可動性を改善する治療を行なっていました。

メコンデルタ市のカンテン市出身のHạnhさんは、ある日、肩の痛みが悪化し、カンテ・トゥン総合病院に行きました。病院の医師から薬を処方され、痛みが消えるまで、理学療法士であるあきこさんの元を訪ねていました。

昨年の5月以来、病院の理学療法科とリハビリテーション科で活動していたあきこさんは、Hạnhさんの初期診断を行い、Hạnhさんに痛みの性質について尋ねていました。 あきこさんは、彼女の話を聞き、彼女自身に合った適切な治療法を選択しました。

あきこさんは、日本国際協力隊(JOCV)と協力して、1965年から、開発途上国の技術援助を行っています。

診察中であっても、あきこさんは、フレンドリーな態度で彼女に接しながら、治療によって痛みが生じていないかどうかを丁寧にチェックします。

「あきこさんは、本当に熱心に肩の怪我を治療してくれています。自宅で簡単にできる体操のやり方も教えてくれて、色々と助かっています」とHạnhさんは話します。

同じ職場に務める理学療法士であるHà Thị Minh Châuさんは、次のように話します。
「彼女は、患者の痛みや怪我をきちんと把握して、適切な治療法を選択する経験がとても豊富だと思います」

例えば、あきこさんは、脊髄損傷を患っている患者に対して、歩き始められるようになった後、腕と手の力を回復させるために、テーブルの上にある物を取り上げるトレーニングを勧めています。

この方法は、理学療法士が大学で教わる手法ですが、あきこさんが働き始めるまで、現地の理学療法士たちが、実際に「手段」として治療現場で活用することは、ほとんどありませんでした。

Hà Thị Minh Châuさんは、あきこさんから学んだことについて、こう説明しています。
「私たちは、考え方を変えることにしました。まずは、患者を観察した上で、患者に合った手段を選ぶようになりました。そして、治療すると同時に、患者自身が、自発的に治療に必要なトレーニングを行い、彼らが、社会復帰できるよう支援することにも、力を入れていきたいと考えるようになりました」

日本のセントマリアンナ大学病院で、6年間働いていたあきこさんは、Hà Thị Minh Châuさん達に、靭帯損傷患者に関する手術前後の運動推奨のアドバイスを伝えていました。
「運動は手術後だけ、という概念があったので、前後というアドバイスは、私たちにとって、とても新鮮で、新しい情報でした」とHà Thị Minh Châuさんは話します。

理学療法士チームの責任者であるNgô Thị Lanhさんは、次のように話します。
「あきこさんは、非常に勉強熱心で、心を込めて治療活動を行なってくれています。同僚にも、とても友好的で、ベトナムの仕事や、生活条件によく適応してくれています」

あきこさんが、ベトナムを選んだ理由は、ベトナムという国が好きで、その国に住む人たちの医療の質を向上させたいという願いからでした。患者がより良い治療を受けて、早く回復してもらいたいとあきこさんは願っています。

あきこさんは、理学療法士としての活動についてこう説明します。
「理学療法は、脳卒中の患者や、手術を受けた患者の治療として重要視されがちですが、他の状態にある患者の合併症の予防にも役立ちます。ベトナムの気候は暑く、私には心地良い気温ではないですが、この国の病院で働くことが好きです。ここで働けて、十分に満足しています」

あきこさんが働く病院では、ベトナム人の同僚たちが、患者とのコミュニケーションに困らないように、あきこさんを支えます。時には、あきこさんの生活面もサポートしています。

JOCVは、ボランティアに対して、技術的な協力を通して得られるであろう、喜びや発見、創造の機会を、組織を通して提供しています。現在、JOCVのボランティア活動は、農業、林業、漁業、加工、維持管理、土木工学、公衆衛生、教育、文化、スポーツの分野に協力が提供されています。プログラムのボランティア(20歳から39歳)は、2年間の間、協力活動に携わり、地域住民と一緒に生活し、働きます。

JOCVは、1995年以来、全世界の地方と都市に、500人以上の日本人ボランティアを派遣しています。

はじめに

こんにちは、私のブログに訪問して頂きまして有難う御座います。
このブログでは、ベトナムで医療通訳兼看護師として働く私”マサヨ”のこと、世界の医療の現場のこと、などなど私が気になることをいっぱい書いていこうと思っていますので宜しくお願いします。
更新頻度は、まちまちになるとは思いますが、私のことを知っている人もそうでない人も気軽にコメントをいただければ嬉しいです。