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ベトナム兵士のヘロイン中毒を1人の医師が救う

医師である、Brian S. Josephさんは、幼少期から、人々を助けたいという気持ちを持っていました。人生において、他者の生活に何か肯定的な影響を与えたいと考えていたからです。

ある時、「会話」というコミュニケーションツールが持つ影響力を知って、Brianさんは、精神医学を学ぶ道を選びました。医学部に進み、E.J. メイヤー記念病院で働き始めました。その後、結婚し、一児の父となったBrianさんは、自分の研究分野が、いずれ「戦場」と結び付くことになるだろうということは、想像もしていませんでした。

当時、ベトナム戦争で多くの兵士たちが、ヘロイン中毒に陥っていました。この事態を、軍は重く受け止め、ヘロイン中毒の兵士が、自分だけではなく、いずれ仲間を危険に晒す可能性を持つだろうという危惧を感じていました。

Brianさんは、このように話します。
「ヘロイン中毒の兵士たちに対する懸念は高まるばかりでした。協力してくれる人がいるなら、彼らに対して、ヘロインの治療プログラムを開発しようと考えました。兵士自身が、前進したいという気持ちがあるなら、その背中を押すべきだと感じたからです」

名前: Dr. Brian S. Joseph
年齢: 75歳

出身: バッファロー
居住地:ウィリアムズビル

所属:陸軍
ランク:メジャー
戦争エリア:ベトナム

勤続年数:1970年10月〜1972年10月

功績:Bronze Star, meritorious service; Army Air Medal; Good Conduct Medal; and Vietnamese Government Civil Action Medal 1st Class

肩書き:航空医療士

Brianさんは、技術スタッフから乗務員のメンバーまで、様々な職種の兵士とともに働きました。どんな兵士であっても「ヘロインでハイになった状態では、任務を遂行するべきではない」という考えを持っていたとBrianさんは語ります。ヘロイン中毒の兵士に対するプログラムは、グループ療法で実施されました。Brainさん自身、そのプログラムが兵士たちに対して、どれだけの効果を持つのか、当時、把握できていませんでした。その後、Brianさんは、ベトナムでヘロイン中毒になった兵士の多くが、アメリカに帰国できていない事実を知りました。

Brianさんは、「なぜ、ヘロインを使うのか」と兵士に聞いたことがあります。その質問に、兵士の多くが「1年だけ空を飛べるような気がするから」と答えました。

多くの兵士が、ベトナムでの任務に、精神的に耐えられない状態が続いていました。その1年の任務の間、孤独感と苦しみに耐えようとして、ヘロインに手を出してしまう兵士が大半でした。Brianさんは、この苦しみに耐える代替方法を、彼らに何とか提供したいと考えていました。

Brianさんは、兵士たちに対して、仲間の兵士に「恐怖」などのネガティブな感情を隠さずに表現して、自分ができない部分を信頼して託すように促しました。そして、できる限り、母国の家族や恋人との繋がりを持つように、頻繁に手紙を書かせました。

Brianさんの開発したプログラムには、約200名の兵士が登録されていました。このプログラムには、軍の再建がかかっていたともいえます。直接的に感謝を伝えられたこともないものの、Brianさん自身は、そのプログラムに対する、兵士たちの何かしら感謝の気持ちを常に感じていたと話します。プログラム中であっても、メンバーの誰かが死亡した知らせを聞くことが、1番辛かったとBrianさんは話します。

「兵士である彼らの死は残酷です。地上で誰かに銃で射殺されて亡くなることもある。その場合、家族に死亡したと伝えるためには、何とか遺体や、その証拠になるものを探さなければならない。このような死と隣り合わせの環境は、とても辛いものでした。その間、幸せを感じれる瞬間もありました。私の妻から電話で、2番目の娘を妊娠したと聞いた時でした。とても嬉しかったし、同時にすぐ家に帰ることができないと気づきました。それでも早く帰って、娘の顔を見たいと思いました」

Brianさんは、軍に所属する医師として、多くの栄誉を授かりました。まるで映画のような風景に、Brianさん自身、とても感慨深いものがあったと話します。Brianさんは、ベトナムの任務を終えて、母国アメリカに戻り、ジョンズ・ホプキンス医科大学の精神科に勤め、その後、ハーバード大学医学部の教授を務めました。現在は、故郷であるバッファロー地区に戻っています。

Brianさんは、アマースト地区で、一般精神医学と司法精神医学に特化したクリニックを
37年間経営しています。

Brianさんが取り組む、兵士に対する治療は、トラウマによるストレスに光を当て、そして、軍に所属している意識をポジティブに変化させるものでした。

Brianさんは、最後にこのように話します。
「私の治療対象には、自分も含まれていると感じています。戦争の記憶は、それほどに凄まじいものです。いまだに、ベトナム戦争を題材にした映画を見ると、涙が止まらなくなります」